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文久3年9月9日(1863.10.21):
【坂】老中酒井忠績・軍艦奉行並勝海舟ら着坂
【長】直目付毛利登人・前田孫右衛門・表番頭格周布政之助ら復職

【坂】 文久3年9月9日(1863.10.21)、老中酒井忠積・軍艦奉行並勝麟太郎(海舟)らが着坂しました

酒井は8月30日に海路江戸を発っていました(こちら)。 その使命は、政変後の騒然とした情勢下の天機を伺うこと、及び攘夷(横浜鎖港)遅延が止むを得ない事情を説明するためでした。

*『維新史』では4日入京なのですが、酒井に随行してきた勝海舟の日記では9日に天保山沖に入り、同日上坂したことになっていますので、9日説をとりました。

関連:■テーマ別文久3年:「横浜鎖港交渉」 ■徳川慶喜日誌文久3
参考:『維新史』三、『勝海舟全集1 幕末日記』(2004.11.28)

■長州藩内訌
【長】文久3年9月9日、罷免されていた直目付毛利登人・前田孫右衛門・表番頭格周布政之助が復職しました。

罷免に激怒した高杉晋作が、奇兵隊による武力行使を示唆し、高杉晋作らの圧力が功を奏したのですが、時間ぎれです・・・。いずれ、余話にでも。

関連■テーマ別文久3「長州内訌」 ■長州藩日誌文久3
参考:『修訂防長回天史 四上』

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